このエントリで取り上げるのは、「教授法」の回に先生が配った「教師の心得」である。
以下、その一部を日本語で紹介する。
- 君が教えようとしていることは、「とても大切でとても面白い」ことを決して忘れないようにしなさい。また、それを学生に伝えることも忘れてはいけない。
- 君は、君のクラスにいる学生よりも賢いわけではない。学生よりも「いいひと」なわけでもない。君は、たまたま学生がまだ持ち合わせていない情報をいくらか知っているだけだ。そして学生たちは、君がまだ知らない情報を山ほど知っている。
- 教師として、君は情報を売ろうとしている。あらゆるセールスマンと同じように、君は客の興味を引きつけ、保たなければいけない。さもなくば売れる見込みなんかない。役に立つことなら何であろうと利用しなさい。声、ジェスチャー、黒板、ハンドアウト、パワーポイント、漫画、アナロジー、メタファー、何でも、だ。あらゆる手段を尽くして、何とかして学生と繋がりなさい。
- 学生たちはよい授業を受けるために大金を払っている。よい授業を彼らに与えるのは君の義務だ。授業の日、君は疲れているかもしれない。何かに腹が立っているかもしれない。気がかりなことがあるかもしれない。しかし、君のクラスの誰一人として、それに気付いてはならない。君が頭が痛いからとひどい授業をやったとしても、彼らが授業料の払い戻しを受けることはないのだ。
- 自分に合ったスタイルを築きあげなさい。他の先生に合っているスタイルが君に合うとは限らない。
- 学生にとって近付きやすい存在でありなさい。物理的にも、精神的にも。学生の名前を覚え、名指しなさい。教室には授業開始数分前に着き、授業終了後もしばらくそこに留まりなさい。その数分間に雑談することは、しばしば学生の理解のターニングポイントになる。
- しかし決して授業を延長してはいけない。特に学部の授業では、チャイムが鳴った後に君が話す内容は、全く存在しないのと同じです—君がどれだけ完璧に話したとしても。
- どんなことであっても、それをまだ知らない者にとっては難しい。これを繰り返し思い出しなさい。君は既に何かを知ってしまっているから、それが簡単に思えるのだ。
- 「無知」と「愚かさ」は決して混同してはいけない。何があっても。
- 教師の基本ルール:もし学生が理解できないのであれば、それは学生のせいではない。これは当たり前に思えるが、驚くほど忘れ去られやすい。
- もし学生が理解できず、それが学生のせいであるのならば、10を見よ。
- 昔、自分の師匠に「悪い学生はいない、いるのは悪い教師だけだ」と聞かされたことがあります。多分これは完全に真実ではないのだろうが、しかし間違いよりは真実にずっと近い。そして、君は自分の授業において、これが真実であると心底信じているかのように行動しなければなりません。
僕にはこの内容は衝撃的だった。例えば10と11。勉強しないでわからない学生は自己責任だろ?アメリカだったら尚更そうなんじゃないのか?混乱した。
だけど僕はこれを信じることにした。
高エネルギーのミュー型ニュートリノの速さを世界最高精度で精密に測定
この度、名古屋大学大学院理学研究科・素粒子宇宙物理学専攻・F研究室が参加する日欧国際共同研究(通称 OPERA 実験)グループは、高エネルギーのミュー型ニュートリノの速さを、これまでに無い高精度で精密測定し、スイスジュネーブ郊外の CERN 研究所より発射された高
エネルギーのミュー型ニュートリノが、730km はなれたイタリア中部のグランサッソー地下研究所の OPERA 検出器に、光の速さで予想されるよりも 60 ナノ秒(1 億分の 6 秒)早く到達しているという測定結果を得ました。
これは CERN で作られた高エネルギーのミュー型ニュートリノの速さ
が、光速より約 0.0025%だけ速い事を示すものです。
本研究成果は、平成 23 年 9 月 23 日(金)、CERN 研究所において現地時刻 16:00 からのセミナーにて発表されます。
http://press.web.cern.ch/press/
また引き続いて日本においても下記の予定で本件についてのセミナーを行う予定です。
OPERA 実験フォーマルセミナー
日時:平成 23 年 9 月26 日(月) 午前 10 時 30 分~
場所:名古屋大学理学部B館B5講義室(5階)
講演者: 小松雅宏(名古屋大学 教養教育院 准教授
ワイアード誌によれば、カリフォルニア州立大学心理学部のニコラス・クリステンフェルド教授と大学院生のジョナサン・リービットさんは、大学生数10人を使ってネタバレの影響に関する実験を実施。チェーコフやロアルド・ダール、アガサ・クリスティー、レイモンド・カーバーらの12本の短編小説を題材に、何も知らされないままの状態と結末を知らされた状態での、読書における反応の違いを調査した。
結果は、何も知らされていない状態よりも、結末を知らされているほうが読書を楽しんだことが明らかになったという。原因については不明だが、結末を知っていたほうが読書により深く没頭できるからではないかとリービットさんは推察している。
「かつてブルマーの全廃を決定したときから、時代の流れとしていずれこの日がやって来るのは覚悟していた。スクール水着の全廃を阻止するため青春時代の全てを勉学に費やし、東大から文部省にキャリア入省、35年かけてこの地位まで登りつめたにもかかわらず、このような残念な結果になってしまい、全国のスク水愛好者に心からお詫び申し上げたい」
私の印象では、日本では、じっさいに男女がどれだけ性行為をしているか(いないか)ということはともかくとして、なんだか世の中全体にまったく色気が感じられない。それはいったいどこから来るのだろうと、ずっと考えているのですが、この話をしたときのある人の発言によると、今の日本では、男性と女性云々という以前に、他人とのかかわりというもの全般にとても関心が薄い。それが実際に性的な行為に発展するかどうかは別として、社会の空気に「色気」を生む緊張感というものは、他人への関心とか出会いの可能性とかいったものから自然発生するものであって、混雑した電車でもエレベーターの中でも人々がいっさい目を合わせることなく、もちろん見知らぬ相手と会話することなどなく、極力他人との関わりを避けて日々暮らしているようななかでは、そりゃあ色気は生まれないだろう、と。これはとても納得がいく説明でした。
日本のマスコミは「政策」の議論よりも「政局」の議論が得意で、せっかく国民の間で政策の議論をする機会を、政治家間の争いに焦点をあてたゴシップにすり替えてしまっている